どうしてバッハは「音楽の父」なの?

「バッハ」という名前聞いて、何を思い出すでしょうか?「G線上のアリア」?音楽室の壁や教科書などで見た肖像画?

そんなバッハですが、「音楽の父」という異名をとっていることをご存知でしょうか?バッハ以後のクラシック音楽の歴史を作ったと言っても過言ではないその偉業を称えて、敬意を込めてこのように呼ばれています。
では、いったいどのような点が、その後の作曲家たちに「音楽の父」と呼ばせるほどの影響を与えたのでしょうか?

死後260年を越えて今なお、後世の作曲家たちに影響を与え続ける作曲家・バッハについて、細かくご紹介します。

バッハってどんな作曲家?プロフィールを紹介!

ヨハン・ゼバスティアン・バッハは、1685年に当時の神聖ローマ帝国、現在のドイツに生まれました。代々音楽家を輩出してきたバッハ家の末っ子で、彼も当然のように音楽教育を…とはいきませんでした。

末っ子だったバッハは兄の音楽書を拝借し、月明かりを頼りに夜な夜な勉強したと伝えられています。努力の甲斐あり、18歳の時には宮廷楽団、つまり貴族所有のオーケストラで奏者を務め、その後すぐに教会付きのオルガニストにも任命されています。

その後も宮廷付きの仕事や、教会付きのオルガニストを転々とし、その間に死別を含む2人の妻と20人の子供に恵まれます。子供のほとんどは幼くして亡くなりましたが、成長した10人の子供は全員音楽家としてヨーロッパ中で活躍しました。

晩年のバッハは眼病による弱視と脳卒中で度々病床に伏し、最後は粗雑な手術の後遺症と薬により体力が低下し、65歳で亡くなりました。

ちなみにバッハの眼病手術の執刀医は、後に同じ時代の大作曲家ヘンデルの手術も担当し、そちらも失敗しています。とんだやぶ医者ですね。

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バッハの偉業!対位法とフーガの完成

フーガ」という音楽形式があります。これは、「ある旋律を変化させつつ、複数の旋律を重ね合わせる」というもので、非常に複雑な作曲技法「対位法」の中でも最も高度な形式です。

対位法の一番簡単で身近な例として、「カエルの歌」の輪唱が挙げられます。これは旋律自体は変化していませんが、後から歌いだすパートが違うキーで始まったり、逆向きの動きで始まったり、倍の長さになったりする点がフーガ形式に則っています。

バッハの活躍したバロック時代の音楽を代表するのがこのフーガ形式ですが、バッハの手によって一気に完成に至ったと言って過言はありません。

バッハを代表する作品に、「平均律クラヴィーア曲集」というものがあります。現代でもピアノ科の音大生は100%、ひとりの例外もなく勉強する曲です。

この「平均律クラーヴィア曲集」は「クラシック音楽の旧約聖書」と呼ばれるほど、奏者にとっても作曲家にとっても、あるいは音楽史上という観点からも、最も重要な作品であると言えます。

「もっと有名な曲ないの?」と思ったそこのあなたには、「小フーガ ト短調」という曲をお勧めします。オルガンの曲ですが、まず間違いなく耳にしたことがあると思いますよ。

バッハの偉業!ポリフォニー音楽とホモフォニー音楽の橋渡し

前述の対位法による音楽やフーガ形式などは、「ポリフォニー音楽」、すなわち複数の旋律を用いた音楽というジャンルに分けられています。これはルネサンス時代から脈々と続く、いわば”西洋音楽の正統”です。

一方、1つの旋律と和音による伴奏で出来た音楽を「ホモフォニー音楽」と呼びます。このホモフォニーはバロック時代に登場した新しい形式です。バッハはこの形式を発展させ、後に「機能和声」と呼ばれる和音進行の基礎中の基礎を築きました。

「主よ、人の喜びを」というバッハの有名な作品がありますが、この曲は『対位法的に入り組んだオーケストラ』と『機能和声によるコラール』を交互に挿入し、見事な調和を生み出しています。「管弦楽組曲」の中の「エール」、通称「G線上のアリア」も機能和声によって書かれた名曲です。

機能和声は古典派・ロマン派と時代が下るにつれて拡大していきますが、全てバッハの理論をもとに発展しています。現代のJ-pop、洋楽、演歌、アイドル音楽にアニソンも、元をたどればバッハの築いた機能和声理論にたどり着きます。

このように、対位法による作曲技法を完成まで導くと同時に、新たな時代の和声理論の下地を作ったという点で、バッハはまさしく「音楽の父」の名にふさわしい仕事をしたと言えるでしょう。

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バッハの偉業!後世に与えた影響

神童と呼ばれた作曲家モーツァルトは、父親からの徹底的な音楽教育としてバッハを勉強しました。幼いモーツァルトは、「バッハのオルガン曲を一度聴いただけで覚えただけでなく、オルガンの調律の狂いまで正確に言い当てた」という伝説も残っています。

モーツァルト以降の作曲家も、ベートーヴェンやメンデルスゾーン、ショパンなど名だたる作曲家たちがバッハと彼の作品を大切に勉強し、受け継いできました。彼らの中にはもはや当時時代遅れとされていたフーガ形式での作品も残した作曲家もいます。

一度忘れられた!?バッハの再発見!

まだまだバッハの偉業は紹介しきれないほどありますが、これだけの偉業の数々を残したにも関わらず、バッハの名前はある時クラシック音楽の表舞台から忽然と姿を消します。

それはバッハに限らず、バロック時代の音楽全てに言えたようです。「バロック」という言葉は後世つけられた名前で、「歪んだ真珠」または単に「いびつな」といった意味です。オペラの台頭、またバッハが唯一作曲しなかった分野がオペラであったこともあり、バッハは人々から忘れ去られていきました。

しかし、その間も音楽家の間ではしっかりと根を張り生き続けました。前述のモーツァルトやベートーヴェンなどがその例です。

そんな19世紀ロマン派の時代、モーツァルトと同じく神童と呼ばれたメンデルスゾーンという作曲家がいました。彼は14歳の時に祖母からバッハ作曲「マタイ受難曲」の写譜スコアをプレゼントされます。これが後に、西洋の音楽史を大きく変えることになります。

メンデルスゾーンは20歳で、この「マタイ受難曲」の復活公演を企画し、大成功を収めました。この演奏はバッハの死後初めての演奏となり、実に約100年ぶりでした。

この演奏を機に、ヨーロッパ音楽史におけるバッハの重要さと偉大さが再発見され、今日に至るまで世界中でバッハの研究が進められることになったのです。

なお、死後100年間も放置されたこともあり、バッハの作品の中には未発見の作品も数多くあります。21世紀に入って見つかった作品も数多くあります。

現代音楽の中にもバッハ?

20世紀以降の音楽家たちの中には、「バッハの理論の再試行」と「バッハからの脱却」を目指す作曲家が多くいます。

十二音技法」という、音階の12音をバラバラに使って全く新しい音階を作り、その旋律を展開させて作曲する技法が考案されましたが、この「旋律の展開」という点で、バッハの影響が色濃く表れています。
「バッハからの脱却」は、「偶然性の音楽」、加えて<?「音符そのものを使わず、図形楽譜による自由な演奏」?>や「物が落ちる音、エンジン音などを素材に音楽を作る」という、いわゆる「現代音楽」の特徴に反映されている考え方です。

アメリカの作曲家ジョン・ケージの代表作「4分33秒」は、ある意味「バッハからの脱却」に成功した例かもしれません。この曲、1音も音符が書かれていないんです。さすがのバッハも、出されていない音には影響出来ない…ということでしょうか。少々コロンブスの卵的な発想ですね。

バッハは偉大な音楽の父だった!

名前だけは誰もが知っている大作曲家「バッハ」の偉大な仕事を、ほんの一部ですがご紹介してきました。少々専門的な話も混ざりましたが、バッハの残した音楽の基礎は、現代の私たちの中にも確実に生きているのです。

もっと知りたい!と思った方は、調べるだけでなく、ぜひバッハの音楽にも触れてみてください。難しい理論を飛び越えて、美しく素晴らしい作品ばかりです。おすすめは寝起きのバッハと就寝前のバッハ。ぜひ試してみてください。

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