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クラシック音楽、とりわけ器楽の分野においては、作曲の仕方や音楽の特徴、楽器編成で楽曲をいくつかのジャンルに分けることが出来ます。編成なら交響曲や協奏曲、作曲技法でいえばソナタやフーガ、音楽の特徴に注目すればワルツなどがそうですね。
こうしたジャンル分けはそのまま曲名となることが多いのですが、その中には一風変わったものがあります。その名も「変奏曲」。交響曲などに比べると、少し知名度は劣るかもしれませんが、古くからたくさんの作曲家によって作られてきた形式の音楽です。
この「変奏曲」、他の作品群とは一風変わった構成で書かれていますが、どのような点で一風変わっていると言えるのでしょうか?単なる作曲とは一味違い、作曲家・演奏者双方にとって腕の見せ所と言える変奏曲の世界をご紹介します。
変奏曲って何?
変奏とは、「あるメロディーを、いろんな形にアレンジして演奏すること」を指します。変奏曲のことを英語で「バリエーション」と呼ぶことからも、なんとなく想像ができますね。
変奏曲の前提として、変奏の素材となるメロディー=主題を最初に提示し、「Var.1(第一変奏)」「Var.2(第二変奏)」というように複数のバリエーションを順に演奏していきます。
変奏にはいくつかの方法があります。具体的には主題そのものにアプローチする「メロディーの構成・リズムを変更する方法」、曲全体の雰囲気を変える「拍子やテンポを変更する方法」、メロディーはあまり変えず「ベースラインや和声を変更する方法」、そして「採用した楽器ごとの特殊な奏法を用いる」などの手法があります。
また、ひとくちに「変奏曲」といっても、変奏の技法は様々な形で楽曲に取り入れられています。モーツァルトの「きらきら星変奏曲」に代表されるように、独立した変奏曲として作られた曲もあれば、全く形式の異なる作品でも「変奏曲」のスタイルをとるものがあります。後者は前者と違い、「Var.1」などと変奏を示す印がないことが多いです。
意外と古い変奏曲の歴史
変奏曲の歴史は長く、現存する最古の変奏曲はスペインの作曲家ナルバエスによる「牛を見張れによる変奏曲」という曲で、作曲年はなんと1538年!「ビウエラ」と呼ばれるギターのような弦楽器のための作品で、主題と4つの変奏で構成されています。500年近く経った現在でも、クラシックギターの主要なレパートリーに挙げられるそうです。
その後もバッハがヴァイオリンやチェロ、チェンバロなどの変奏曲を多数書いたほか、古典派の時代にはモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、そしてロマン派の時代にはシューベルト、ショパン、シューマン、パガニーニ、ブラームスなどが作品を残しています。
20世紀に入ると、さらに多くの作曲家がこの形式を手掛けます。プロコフィエフ、コダーイ、グラズノフ、シェーンベルク、ラヴェル、バルトーク、レスピーギなど、そうそうたる顔ぶれが変奏曲を書きました。
変奏曲特有の傾向として、「主題は必ずしも作曲者自身による旋律とは限らない」ということが挙げられます。つまり、他の人が作った旋律や流行りのメロディーを、変奏曲として再構成することが非常に多かったのです。
特に過去の作曲家の旋律を借りることが多く、例えばショパンはモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の旋律を、ブラームスはハイドンやヘンデルの旋律を変奏するなど、多くの作曲家が先人の旋律を借りて自身の作曲スキルをアピールしました。
変奏曲で使われる楽器とは?
変奏曲は独奏のために作曲されたものが多く残されています。鍵盤楽器なら古くはチェンバロ、後にピアノが発明されてからはピアノのための変奏曲がダントツで多く作曲されました。特にロマン派の時代には、ピアノの名手としても知られたリストが、自身のテクニックを最大限に活かす超高難度の変奏曲を多数作曲しました。
弦楽器ならヴァイオリンのための作品が多く存在します。一番有名なのは、リストと同時代に活躍したヴァイオリンの名手パガニーニの「24の奇想曲」でしょう。舞曲のようでありながら一抹の寂しさを持つ主題を、ヴァイオリンの限界に挑んだかのような超絶技巧で変奏しまくります。その後もパガニーニのこの主題は、多くの作曲家による変奏を生み出すことになります。
近現代においては、フルートやクラリネットなどの木管楽器にも、変奏曲及び変奏を含む楽曲が作られています。コンサートピースとしてよく演奏されるフルートのための「カルメン幻想曲」は、曲名こそ「幻想曲」ですが、ビゼーのオペラ「カルメン」の旋律を素材に多くの変奏的なフレーズが登場します。
ここまでは独奏のための作品でしたが、独奏楽器以外に、一部のオーケストラ曲にも変奏曲の形式をとるものがあります。一番有名なのはベートヴェンの「交響曲第9番」でしょう。誰もが一度は耳にしたことがある有名な旋律が行進曲風になったりフーガになったりと、「変奏」されて繰り返し現れます。
変奏曲は作曲家のアイディアの宝箱!
オーケストラファンや、バレエなどの舞台音楽ファンにはあまり聴きなじみのない「変奏曲」の世界をご紹介しました。作曲者にとってはアイデア勝負、演奏者にとってはテクニック勝負。そこには歴史に裏付けされた確かな芸術性があります。
筆者が変奏曲を聴くたびに思うのは2つ。「よくこんなにたくさんのバリエーションを思いつくなぁ」「よくこんなに難しいバリエーションを演奏できるなぁ」。きっと変奏曲500年の歴史の中で、この感想だけは変わらずに受け継がれてるんだと思います。
そんな筆者イチオシの変奏曲は、記事中でも紹介したパガニーニ作曲の「24の奇想曲」通称「カプリス」です。20世紀最高とも言われる伝説のバイオリニスト、ハイフェッツの録音がとにかく最高です。ボキャブラリーを失うくらい素晴らしいので、是非聴いてみてください。